中野で評判の、あなたの身体の悩みを解決する整体院です。

中野ゆるゆる整体院


院長プロフィール

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院長 小池 陽介(こいけ ようすけ)

●1979年 3月8日生まれ A型
福島県出身(山がたくさんある、自然豊かなところです)

経歴
●福島県で生まれ育ち、就職で栃木県へ。郵便局に8年間、外務(郵便配達)として勤務する。
●2006年、上京し、大川カイロプラクティック専門学院へ入学。

●大川カイロプラクティック専門学院卒
日本カイロプラクティック医学協会認定カイロプラクター

●大川グループ・なかのぶ整体院副院長、大川グループ・葛西整体院院長を経て、
2013年2月、中野ゆるゆる整体院を開業。真の健康を追求し、施術のみならず、食事など、
広い分野での知識も研鑽している。

●趣味 温泉、野球、プロレス。最近はあまり行ってないが、カラオケなども好き。
●好きな食べ物  ピザ、カレー、目玉焼き、自家製ぶどうジュース
●嫌いな食べ物  練乳 
好きなスポーツ 野球、水泳、カバディ
●好きな動物  ウーパールーパー(飼ってます)、イグアナなど
●好きな言葉  「雑草魂」
●好きな音楽  最近はクラシック。ジャンル問わず、割と何でも聴きます。
●好きな小説  アガサクリスティの「そして誰もいなくなった」
●行ってみたいところ イースター島、南極点
●好きな著名人 落合博満

●今興味のあるもの 進化、宇宙
●休日の過ごし方 水槽のメンテナンス、買い物、ピザを食べる
sotugyou-horz.jpg以下、私の誕生から現在に至るまでを、記していきます。
かなり長文ですので、興味ある方だけ読んでください。

2週間遅れで誕生する

1979年3月8日、福島県で生まれました。
予定日より2週間遅れでした。
夜泣きが多く、なかなか眠らずに、かなり大変だったようです。
もちろん記憶は全くありませんが・・・
 
親には相当苦労をかけていたようです。
 
生まれ育った所は、石川郡石川町というところです。
自然が豊かで、山ばかり。
そういった自然が多い環境だったのは、すごく恵まれていたな、と
思います。
 

小学校時代

自分で言うのもなんですが、小学校時代は真面目で、そこそこ成績も良かったです。
4年生からはソフトボールをやり、学校が終わると練習の日々でした。
正直言うと、「早く練習終わらないかな」とか思ってました(笑)
雨の日は練習が休みになり、嬉しかったり。
 
色々ありましたが、無事卒業しました。

中学校時代

相変わらず?真面目な感じでした。野球部に所属しましたが、下手でした。
ただ、面白いとか、充実してる気持ちはありませんでした。
友達は0ではないですが、少なかったです。
 
いまいち自分に自信がもてず、例えば服装にしても、「ダサいと思われないか」とか、
いつも思ってました。
思春期ならではの変化がありましたね。

ちょっとした異変があったのは、3年生の、高校受験が近づいたころ。
 
高校受験のプレッシャーやストレスからか、体調を崩しました。
中学生になってからは下痢気味のことも結構あったのですが、
腹痛や下痢、吐き気に苦しむようになりました。

 
学校を休んで家にいる時は大丈夫なのですが、学校に行こうとなると、吐き気や下痢になる・・・
自分では、学校に行くのは、それ程イヤとは思ってなかったのですが、
恐らく潜在意識とか、自覚できない部分で嫌がっていたのでしょう。
 
救いだったのは、学校の保健の先生が色々アドバイスをしてくれて、復活できたこと。
「自律神経」という言葉もその時知りました。

高校時代

高校時代は、はっきり言ってしまえば、
苦しかったです。

大学を目指してはいたものの、勉強も難しくなり、だんだんついていけなくなりました。
今考えれば、将来なりたいものも見つからず、
「学校の授業が、受験以外に役に立つのか?」との疑問もあったためでしょう。
 
部活をするのでもなく、何となく勉強する「ふり」をする。
遊びに行ったりとか、青春を謳歌する訳でもない。
何とも中途半端な時期でした。

 
偏差値30から1年で東大に合格したとか、伝説の番長だったとか、
何かエピソードがあれば面白いのでしょうが、本当に何につけても中途半端で、
面白いエピソードもありません。せいぜい、停学を一回くらったとか、そんな程度です。
 
周りの同級生とも、あまり話が合わず、友人はかなり少なかったです。
でも嫌われたくない、変な目で見られたくない思いも当時は強く、
やたら周りの目が気になる時期でもありました。
 
大学受験が近づいたころ、いやもっと前から時々ありましたが、
中学時代の時のような、腹痛や下痢、吐き気に苦しむようになりました。
 
学生時代は楽しかったという方も多いかもしれません。
が、私はこの頃にだけは戻りたくないです。

大学を諦め、専門学校へ

大学は、落ちました。
一度落ちたら浪人する気は全くありませんでした。
受験勉強をまた一年間やるだけのモチベーションはありませんでした。
 
学校の先生などの勧めで、近くの専門学校へ行くことになりました。
専門学校といっても、「公務員を目指す」ことを主な目的とした学校でした。
 
正直、明確な将来の夢とか、なりたい職業はありません。
が、何かはやらないといけません。
上京でもしてれば、色々な可能性、職業は見えていたかもしれません。
が、当時の私にはそういった選択肢すらわかりませんでした。
 
当時は、
「郵便局にでも務められればいいかな」とか
「警察になって、高速警備隊に入ってGT-R乗りたいな」
とか思っていました。
 
意外かもしれませんが、専門学校の生活は結構、楽しかったのです。
ガソリンスタンドでバイトをし、車に興味を持ったのもその頃でした。
 
ただ、公務員になるのは思っていたよりずっと難しく、
警察や市役所、郵便局など受けましたが、合格したのは
郵便外務(関東郵政局)のみ。
郵政外務というとなんか凄そうですが、要は外回りの配達。いわゆる「郵便屋さん」です。

とはいえ、同期には全部ダメだった人もいますし、
一つだけでも合格したのは、幸運でした。
そもそも公務員の倍率は決して低くないのですから。

不安は大きいものの、
何とかやっていこう、と思いました。

栃木県の郵便局へ

配属されたのは、栃木県の黒磯郵便局というところでした。
(当時は黒磯市、現在は那須塩原市になっています)
 
配達の仕事は、最初はとてもしんどかった(笑)
元々方向音痴で、しかも土地勘もないのですから。
どこが配達のスタートの家かもわからない、
何とか一つの町を配達しても、次の町がどこなのかさえわからない(笑)


今では笑い話ですが、当時は「俺はこの仕事、だめだ!」
としょっちゅう思いましたね。
 
何とか頑張って、人並みのスピードと正確さで配達できるようになるまで、相当時間はかかりました。
でも、そこからはコツを覚え、他のエリアも割とスムーズに覚えることができ、ようやく様になってきました。
 
このとき、「時間はかかっても、諦めずにやっていけば、どうにかなる」
ことを体験できたのは、後々大きな意味がありました。
 
ですが、どうしても大きな組織にいると
色々なしがらみはあるもの。
この先ずっとはやれないだろう、と感じていました。
 
「いずれは、店でも会社でもいい、自分がトップの立場で経営をする」
20代前半には、自然とそう思うようになりました。

 

体調不良の日々

働くようになってからは、学生時代のような腹痛や下痢、吐き気に悩まされることはなくなりましたが、
慢性的な疲労や肩こりで苦しんでました。
ストレス、食事、仕事中の身体の使い方など、様々な要素があったのだと思います。
 
今でこそ整体やマッサージは数多くあり、選ぶのに苦労をするほどですが、
当時(90年代後半)はまだあまり見かけませんでした。
地域柄もあったのでしょうが。
インターネットも私はまだ使って無く、どこの店に行ったら良いのかわかりませんでした。
 
温泉施設にあるマッサージや近所のマッサージ、
整骨院などに行ってみるものの、
必ず「この歳でこれでは・・・」みたいなことを言われていました。

なかには親身にアドバイスしてくれた院も
ありましたが、多くは一通り施術して、
感想を言って終わり。
当時はまだそんな感じのお店も多かったです。
 
もう一つ、まだ軽い症状でしたが、
うつ病気味になって、精神科にも一度か二度行きました。
当時は少し薬を飲んで改善したので、まだマシだったと言えます。

整体との出会い

そんななか、知り合いの紹介で、ある整体に行きました。
マッサージとも違って、今までとは違う特殊な施術でしたが、
施術後は今までよりずっと身体が楽で、感動したのを覚えています。

先生の名前もわかりませんが(笑)
いわゆる「職人肌」のタイプの先生でした。

技術もそうですが、
今まで散々言われてきた
「この歳でこんなでは・・・」
のようなことを全く言われなかったのも、
嬉しかったのでしょう。
 
そして、何度か通ううちに、「自分もこんな仕事をしたい」と
強く思うようになっていたのです。
 

退職そして上京

整体やマッサージ、カイロプラクティック等の学校を探すため、
本屋に行ってその手の本を買い、読み漁りました。
 
東京には学校はたくさんあることを知り、
視界がパッと明るくなったとでも言いましょうか、
希望が出てきた気持ちでしたね。
 
あとは、どこの学校に行くのかというのはありましたが、
「とにかくこの業界に入れる、何とかなりそうだ、人生変えてやる!」
そんな気持ちでいっぱいでした。
 
これから学ぶことになる学校の学院長が本を出していて、
それに感銘を受け、説明会にも行きました。

それで、直感的に「ここで学ぼう」と思い、入学を決意しました。
他の学校は説明会等にも行かなかったのですが、
学校選びは間違ってなかったと、今でも強く感じています。
 
8年間勤めていた郵便局を退職し、2006年4月、27歳の時に上京しました。
 

学校・修業の日々

上京してまず思ったのが、「山がない!」でした(笑)
学校の同期生は、私と同じように、
今まで別の仕事をしていたけど、新たに志す人が多かったので、
「ああ、結構似たように考えている人もいるんだな」と、安心できました。
 
学校に通いながら、バイトをしたり、リラクゼーション系の店で働いたりもしました。
そして学院の直営院のスタッフになり、実践経験を積んできました。
今思えばなかなかのスケジュールなのですが、
早く一人前になって独立したい、という強い思いがあったので、苦ではなかったです。
 
元々手先は不器用なので、苦労するのは覚悟して、実際苦労はしましたが、
何とか学校も卒業し、患者さんを少しずつ担当させて頂くようにもなりました。
 
辛抱強く私を指導してくれた、当時の院長には感謝してますし、
今でも当時の経験が全ての礎となってるな、と本当に実感しています。
当時のスタッフ時代の経験がなければ、今の私はないのですから。

直営院院長時代

決して順調にではありませんでしたが、少しずつ成長でき、
直営院の院長を務めることになりました。

いわゆる、雇われ院長のような立場ですが、施術はもちろん、
スタッフの指導、雇用、経営面などなど、責任は重くなります。
何より、売り上げが下がれば自分の給料が出ません。
 
このころは、とにかく大変でした(笑)
まあ自分の力不足なのですが、
何しろやるべきことが多かったですね。

人を雇用したり、経営をしていく経験を積み、
それがどんなものかがわかりました。
とはいえ、開業資金は全て会社持ちですので、
その点、かなり優遇されています。
 
経営的に厳しい時も確かにありましたが、
それなりの売り上げ、経営状態に持っていく事が
できました。

ただ、色々と疲れていたのはありました。

うつ病

肉体的、精神的に徐々に歯車が狂いはじめ、
うつ病になりました。
精神科に通い、薬を飲むことで、なんとか仕事を続けてましたが、
だんだんと感情がなくなってきました。
 
嬉しい、楽しい、面白い、幸福感、ワクワク感・・・・
そういった、ポジティブな感情は全くなくなりました。
 
例えば、一週間の仕事が終わり、明日は休みというとき。
普段なら、充実感とか、「よし、明日はこれをやろう」とか、
楽しみだったりするものです。
 
それが全くなくなり、実際、今まで楽しめたことが全く楽しくない。
身体もそうですが、心が疲れ果て、ぽっかり穴が開いたようでした。
仕事をする気力もなくなり、結局、退職しました。

休養、復活、開業

2012年の夏。
退職して数日は、何をする気もなく、身体も動かせませんでした。
はっきりと覚えてないのですが、ほとんど寝てたと思います。
 
ただ、直営院の院長時代から、いずれは個人で独立開業しようと思ってたので、
逆に良い機会だったのかもしれません。
ですが、何しろ身体は動かないし、気力も全くない。
しばらくはエネルギーを充電するしかありませんでした。

様々な形態でやり方はありますが、
整体をこれからもしていきたい、
その気持ちだけはありました。

他のことはできないし、
やろうとも思ってませんでした。

私にとって、天職なのでしょう。
 
実家で休んだりして、絶好調時までとはいかないものの、
身体も動くようになってきました。
そして、「これからどうするか」についても色々考えました。

地元である福島県で開業するか、東京に戻って開業するか。
 
嬉しかったのは、同じカイロプラクティックの学校出身の先輩が、郡山にいるのですが、
「一緒にやらないか」と声をかけてくれたこと。
相当なやり手の方で、治療家としても経営者としても非常に優れている方です。
 
選択肢はその3つでした。
 
色々考え、一度東京に戻って調べたりもしましたが、
結局、東京で開業することにしました。
 
いくつか理由はあるのですが、福島から東京に行ったときに、
直感で「やはりこっちでやりたい」と思ったのです。
東京のエネルギーなのか、雰囲気なのか、そう感じました。

中野で物件が見つかる

「なぜ中野で開業したのか?」
時々聞かれることがあります。
 
以前、直営院時代に、開業場所選びで色々なエリアを回ったことがあります。
結構、あちこち行って歩いたのですが、そのなかで、
西荻窪がとても気に入ってたのです。
 
街の雰囲気などから、「ここで仕事したい」と思うようになりました。
まあなかなか物件がなく、当時はできませんでしたが・・・
 
そんな訳で、西荻窪で探し始めたのですが、
どうしても一つの駅に絞ると、なかなか探している条件の物件が出てこない。
そこで、少しエリアを拡大して探すことにしました。
 
中野~西荻窪。その間で、条件にマッチする物件があれば、
そこに決めることにしました。

スピリチュアルな言い方かもしれませんが、
「そこがお前のやるべき場所だよ」
と受け取ろろうと考えました。

で、探していた条件にピッタリの物件が、
中野でみつかったのでした。

開業そして現在に至る

2013年2月、オープン。
とにかく開業できたのも、周囲の人のおかげであり、大変感謝しています。
 
これからも勉強や技術の研鑽を忘れず、
患者さん一人一人に最高の価値を提供することを心がけ、施術していきます。

真の健康を追及して

今、一番私が考えている事、そして患者さんに提供したいこと。
それが、「真の健康」です。

健康といっても、色々な要素があります。
例えば、腰痛や肩こりで言うと、単に一瞬楽になれば健康なのかと言うと、
そうではありません。


一時的に「ごまかす」方法はありますが、
それでは身体は何も変わってないからです。

あるいは、どんなに栄養に気を付けて、運動をしていても、
いつも何かしらにつけて文句ばかり言ってると、仲間もいなくなりますし、
身体にも心にも悪影響を及ぼします。

それは果たして健康と言えるのか。

私が考える健康は、そういった外面と内面の両方の健康、
そして短期的ではなく長期的な健康です。


私自身、今も勉強をしながら、色々と実践してますし、
腰痛や肩こりを改善するのはもちろんなのですが、
もっと深い、本質的な健康を、真の健康を
提供していければ、と強く思います。

施術者にしても、院の方針や施術法も、
一般的な整体院や治療院とは違う、
ちょっと変わった整体院ではあります。

方針等、共感できる方、できない方は
いると思います。

ですが、そんな考えに共感してくれる方、
真実を知りたい方、本当の健康を手に入れたい方。

そんな方達に価値を提供していきたいと
強く思っています。

ここまで長い文章を読んで頂いて、ありがとうございます。
あなたの健康への最大限のサポートができれば、
嬉しく思います。

小池 陽介

中野ゆるゆる整体院のご案内

住      所:
〒164-0001 東京都中野区中野3-34-18 リュミエール402
アクセス:
JR中央線中野駅徒歩3分
お問い合わせ・ご予約
03-6304-8782
受付時間:
【平日】10:00〜20:00
【土・日・祝】10:00〜16:00
定休日:
火曜

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